【書評】生き方 稲盛和夫
人生の目的は何か
「人生の目的は何か?」
この根源的な問いに、真正面から答えたのが本書『生き方』である。
2004年に刊行された本書は、稲盛和夫のそれまでの経営哲学を土台にしながら、仏教思想をより深く織り込み、「人はどう生きるべきか」という問いを体系的に示した一冊である。
経営書でありながら、同時に人生論でもある。
そしてその中心には、きわめてシンプルな原理原則が置かれている。
未来進行形で考える
稲盛和夫はこう言う。
「自分の可能性を信じて、現在の能力水準よりも高いハードルを自分に課し、その目標を超えていく。」
松下幸之助が言う自然の摂理に、生成発展がある。生成発展とは、古きものが滅び、新しきものが絶えず生まれて勢いよく発展していく「自然の理法(宇宙の法則)」のことである。言い換えれば、人類は新しいものを産み出し発展させることが社会の役に立てると言うことである。新しいものは今の自分にない。だから、現在の能力で判断しても何も起きない。自分の可能性を信じるしかない。
更に稲盛和夫はこういう。
「いつも自分の能力を未来進行形で考えて仕事を行ってきた」
新しいことを成し遂げられる人は、自分の可能性を信じる人である。可能性とは「未来の能力」だ。今できないからといって、不可能だと決めつけるのは早計である。
むしろ、今の自分より高い目標を掲げ、必死に努力を続ける。その過程で能力は引き上げられていく。
この思想は、松下幸之助の「生成発展」の考えにも通じる。古きものが滅び、新しきものが生まれる。これが世の中の真理である。ならば個人もまた、未来へ向かって成長し続ける存在であるべきだ。
経営においても同じだ。現在の資源や実力で限界を決めるのではなく、未来を前提に構想する。この視点を持って新しい価値を生み出すことができる。
人生の目的 心を磨き、魂を高めること
本書の核心はここにある。
人生の目的とは、「心を磨き、魂を高めること」である。
成功や地位や財産ではない。生まれたときよりも、少しでも美しい心になって死ぬこと。それが人間の生きる意味だと稲盛は説く。
心を磨き、魂を高めるために、稲盛和夫はこの6つの原理原則を提唱した。
・だれにも負けない努力をする
・謙虚にして驕らず
・反省ある日々を送る
・生きていることに感謝する
・善行、利他行を積む
・感性的な悩みをしない
これらの原理原則は、経営や仕事にそのまま通用する実践哲学である。
経営と魂の成長
この思想に触れたとき、私は強く共感した。世の中には「人生に目的はない」という考え方もある。それも一理ある。しかし、「魂を高める」という目的がある方が、人生ははるかに主体的で豊かなものになる。
私は経営者である。会社を通して社会に価値を提供する。それは単なる利益追求ではなく、利他の実践でもある。大義を持って仕事をすること。それ自体が、心を磨く行為になる。
この視点を持てたことで、仕事の意味が一本の軸として定まった感覚を持つことができた。
40年周期で考える
稲盛和夫は40年周期でものごとを考える。
1 1868年 それまでの封建社会から脱し、明治維新によって近代国家を樹立。「坂の上の雪」をめざして富国強兵の道を走りはじめる。
2 1905年 日露戦争に勝利。世界の列強に仲間入りし、国際的地位を飛躍的に向上させる。以後、富国強兵、とりわけ「緑兵」の方向に慎斜して、軍事大国の道に突き進む。
3 1945年 第二次世界大戦に敗戦。焦土の中から、今度は「富国」の方向へと大きく舵を切り、奇跡的な経済成長を遂げる。
4 1985年ー日本の莫大な貿易黒字に歯止めをかけるべく、円高誘導、輸入促進を目的にプラザ合意が結ばれる。このころ、日本は経済大国としてのピークを迎え、バブル崩壊後は、現在まで低迷期が続く。
この考え方で思い出したのが、ボストン・コンサルティング・グループが提唱したBCGダイヤモンド、創造→成長→優位性→効率である。40年周期で「創造」が始まると考えて良い。
そして現在は1985年から約40年後の2026年である。政治では、2026年衆議院選で自民党が圧勝し、戦後リベラルの終焉とも言われており、憲法改正・新しい政治体制が生まれる可能性もある。団塊世代(1947〜49年生まれ)が全員75歳以上になる年でもあり、超高齢社会の始まりという大きな社会構造の変化もある。テクノロジーではAIが一気に成長した。
こうした時代に必要なのは悲観ではない。「創造」への覚悟である。社会が大きく変わるときこそ、自らの役割を問い直す機会でもある。生成発展の流れの中で、自分は何を生み出せるのか。それを考えること自体が、未来進行形で生きるということなのだろう。
原理原則が迷いを消す
『生き方』は人生の教科書である。心を磨き、魂を高める。
そのために原理原則を徹底する。そうすれば、複雑に見える人生も、驚くほどシンプルになる。本書は、その確信を静かに与えてくれる一冊である。
