【書評】成功の要諦 稲盛和夫
はじめに
本書は、稲盛和夫が55歳から81歳までに行った講演を採録した一冊で、全六講から構成されている。講演録であるため、文章は終始、聴衆に語りかけるような口調で進み、読み手との距離が近い。
稲盛和夫が仏門に入ったのは65歳であり、本書では第四講以降にその影響が色濃く表れている。経営論に仏教的な世界観が自然に溶け込み、「人生の目的」「どう生きるべきか」という、より根源的な問いへと話が深まっていく点が特徴的だ。
仏教に限らず、キリスト教やイスラム教など、長い歴史の中で信仰され続けてきた宗教が今も残っているのは、そこに時代を超えた「真理」が含まれているからなのだろう。本書は、その真理を経営と人生の文脈で語った講話集である。
本書を通して、私が重要だと感じた三つの視点
企業の見えざる部分が大きな影響をもつ
稲盛和夫は、次のように語っている。
「私は、見えざる部分と見える部分とを比べれば、見えない部分の方が、経営にはより大きな影響力を及ぼすと考えています。計算で表されるような資本力、技術力、人材力などというようなものよりも、見えないものの方がはるかに大きいパーセンテージで経営に影響を与える。」
会社の雰囲気が悪い状態を望む経営者はいないだろう。自分自身も、職場の雰囲気は良いに越したことはないと考えてきた。ただ、それが「経営において決定的な要因になる」とまでは、正直あまり意識していなかった。
しかし営業を例に取れば、雰囲気の良い組織のほうが成果を出しやすいのは明らかである。それが個人レベルではなく、会社全体として醸成されているなら、なおさら結果に直結する。
この観点から考えると、コロナより一般的になったリモートワークは非常に難易度の高い働き方だと感じる。特に組織力が弱い小規模事業会社だと尚更である。効率性というメリットはある一方で、組織の一体感や空気感を「良くも悪くも作れない」。結果として、長期的には採算性に影響する可能性もあるのではないか、そんな示唆を与えられた。
会社と人は両輪で進化しなければならない。その進化のために「見えない部分」をいかに進化させていくか、真剣に考えなければならない。
心に描いたことを実現する条件
稲盛和夫は、「心に描いたことを実現」について、次のように述べている。
「なぜ心に描いた通りにならないのか。心に描いたとおりになるのには、ある条件があるような気がするのです。私自身の過去の経験から言うと、心に描く思いというものが、強烈でなければならないのだろうと思うのです。それは、同時に持続した思いでなければなりません。」
つまり、願いを現実にするには「強烈で、持続する意志」が必要だということだ。この「強烈さ」は、多くの人が想像している以上のレベルを指している。
「やっぱり難しいからやめる」といった妥協が入り込む余地はなく、「死ぬ気でやり遂げる」覚悟、あるいは常に“火事場の馬鹿力”を発揮し続けるような状態でなければならない。
強烈で持続する意志の源泉は人それぞれだろう。大きな成功欲、切羽詰まった状況、名誉や承認欲求など、動機は多様である。
そのような動機の中で最も覚悟を求められるのが家族・従業員・仲間など他者へのための覚悟だ。自分の外にある存在のためだと、不思議と覚悟が揺らがない。決断と行動が力強いものになる。
心に描くべきなのは、単なる願望や妄想ではなく、「本当にそうなりたい未来」である。その未来に本気で向き合い、本気で到達しようとすることこそが重要なのだと感じた。
運命と因果応報という人生の構造
稲盛和夫は、人生を「運命」と「因果応報」という二つの軸で説明する。
「人生を構成する要素としてまず運命があります。これが人生を貫く縦軸として存在し、人生は、運命という縦軸に沿って流れています。同時に、人生にはもう一つの要素が存在し、運命という縦軸に対して横軸を構成しています。それが「因果応報の法則」です。因果応報の法則とは、善いことをすればよい結果が生じ、悪いことをすれば悪い結果が生まれる。善因は善果を生み、悪因は悪果を生むという法則のことです。」
自分は大学で物理学を専攻していたが、当時「人生は物理学のように理論的に説明できるのではないか」と考えていた。生まれた瞬間に“初期値”が与えられ、それによって人生の軌道が決まるのではないか、という発想である。
この考えを大学の友人に話したところ、「変数が多すぎて無理だ」と一蹴されたが、稲盛和夫のいう「運命」と「因果応報」に置き換えると理解しやすい。
生まれ持った家庭環境や能力、性格、また「親ガチャ」も含め、それらは確かに初期値として存在する。しかし、その後の行動や考え方、つまり因果応報によって、人生の進む方向は大きく変わる。
運命という縦軸を完全に変えることはできなくても、因果応報という横軸をどう積み重ねるかは自分次第である。その二つを理解し、自分の向かうべき座標へ人生を調整していくことが重要なのだろう。
まとめ
講演録ならではの臨場感があり、語りかけられているような感覚で読み進められる一冊である。内容は平易だが、心の奥に静かに染み込んでくる。
本書のタイトルである「成功の要諦」における「成功」とは、金銭的・物質的な成功ではない。「心を磨き、心を高めること」こそが成功であると、稲盛和夫は一貫して語っている。
「本書の講演の3つの要点」にまとめたビジネス的な視点と、「人生の目的」「どう生きるべきか」といった幸福論にもつながることを学べる一冊である。
SNSで派手な成功者が目立つ現代において、本当の意味での成功とは何かを理解するために、多くの人がぜひ手に取るべき一冊だと感じた。
