【書評】プロ野球の監督は中間管理職である – 工藤公康
はじめに
選手の可能性を信じ、上司と部下の間で「悪者」も引き受ける。本書が描くのは、プロ野球の監督という仕事を通じた、中間管理職としての組織づくりだ。
私にとって工藤公康といえば、黄金時代の西武を支えた大投手である。名電(現・愛工大名電)出身とは聞いていたが、世代が違うため高校時代の投球は見ていない。大人になってから、名古屋市天白区の出身で、私の隣の学区の中学校に通っていたと知り、一気に親近感が湧いた。
現役生活は29年、引退は48歳。投手の肩がどれほど消耗するかは、『嫌われた監督』で描かれた川崎憲次郎投手の苦闘や、手すりにつかまった瞬間から肩の痛みが始まったという松坂大輔投手の話からも想像がつく。私自身、たいした運動もしていないのに42歳頃から体のあちこちが痛み出した。48歳まで第一線で投げ続けたことは、驚異としか言いようがない。
引退後はソフトバンクの監督として7年間でリーグ優勝3回、日本一5回を達成した。「豊富な資金があるから」と言われがちだが、資金は有利な条件にすぎない。故障、選手間の不和、短期決戦ならではの不確定要素、そして「勝って当然」という重圧。それらを乗り越えての5度の日本一は、紛れもない偉業である。
その工藤監督が、2026年10月、中日ドラゴンズの新監督に就任した。落合博満監督以来となる、独自の野球観を持った指揮官だ。6年連続Bクラスに沈むドラゴンズが変わるのではないか。その期待から本書を手に取った。以下、著者を「工藤監督」と呼ぶ。
監督は「中間管理職」である
本書のタイトルどおり、工藤監督は一貫して中間管理職の立場を貫いている。オーナーやGMといった組織上の上司には、優勝という成果を約束する。部下である選手には、長くプロ人生を歩むための考え方を教える。その間に立つコーチ陣が最善の仕事をできるよう、調整役も担う。
本書には、ときにはグッとこらえて「悪者」に徹し、チームと選手のために最善の策をとり続けることが求められる、という趣旨の一節がある。思い浮かんだのは落合監督だ。落合監督もまた、あえて悪者を引き受けていたのだろう。名将と呼ばれる二人に共通する覚悟だと感じた。
思考を成果に結びつける
工藤監督によれば、1軍で活躍し続ける主力選手に共通するのは「思考を成果に結びつけられている」ことだという。そのための道具が「思考のフォーマット」である。
1. 問い:現状と課題を、客観的な指標で捉える
2. 解き方:能力を伸ばすための方法論を考える
3. 答え:能力が向上し、目標に到達・達成したかを確かめる
この型は、一般の仕事にもそのまま使える。
たとえば「お客様に喜んでいただく」という目標を掲げたとする。問いの段階では、現状を「1プロジェクトあたり、お客様から感謝の言葉をいただくのは3回」と数字で把握する。デザイナーなら、解き方として「デザインに遊び心を取り入れる」という方法を試す。答えの段階では、感謝の回数が3回から5回に増えたかどうかで成果を判定できる。
目標を掲げるだけでなく、測り方と方法論までをセットで考える。会社経営で目標管理を機能させるうえでも、有効な考え方だ。
「選手は常に、うまくなろうと考えている」という前提
思考を重視する工藤監督だが、現実には考えることをしない選手もいる。工藤監督は「選手は常に、よりうまくなろうと考えている」という前提に立ち、その原因を、誰かに思考を否定されて考えるのをやめてしまったケースが圧倒的に多いのではないか、と見ている。自分なりに工夫して試したところ、監督やコーチに叱られ、意欲を失ってしまうのだ。
だからこそ、本書はこう結論づける。
選手の「思考」を育てないと、「行動」はついてきません。そして、「思考」を育てるには、選手が日々、何を考えているかに思いを馳せ、興味を持つ監督・コーチ側の姿勢が必要になってきます。
これは、稲盛和夫氏が従業員とのコンパを重んじた姿勢や、経営コンサルタントの小山昇氏が従業員のことなら何でも知っているほど関心を寄せた姿勢とも重なる。
では、この前提は一般企業の従業員にも当てはまるだろうか。「給料を上げたい」「スキルを磨きたい」など、働く理由は人それぞれだが、どれも前向きな動機であり、「うまくなりたい」という選手の思いと根は同じだ。その前向きさを保ち続けてもらうために、会社は社員一人ひとりに興味を持つ必要がある。
「体」「頭」「心」の三つの準備
プロ野球で「準備」といえば、試合前のウォーミングアップやオフシーズンの体づくりを思い浮かべる。しかし工藤監督は、それと同じくらい二つの準備を重視する。対戦相手を研究する「頭の準備」と、劣勢やミスなど都合の悪い状況をあらかじめ想定しておく「心の準備」だ。
本書では、ポストシーズンを前に選手へ配った資料も紹介されており、起こりうるすべてを想定して打席に立つまでを準備する姿勢が徹底されている。
事業も同じである。競合はどう動くか、うまくいかなかったときに何をするか。こうした頭と心の準備を経営者だけが抱えるのではなく、全社で共有しておくことが、いざというときの強さになる。
選手にはいつも「同じトーン」で話す
工藤監督は、選手が好プレーをしたときも、ミスをしたときも、同じトーンで話す。それはミスをした選手への配慮でもある。監督の感情の振れ幅が大きいと、選手は失敗を恐れるようになり、次の挑戦につながらない。
落合監督も、常に落ち着いたトーンで選手に接していたと見受けられる。工藤監督にも同じ印象を受ける。大切なのは落ち着いていることそのものではなく、一定であることだろう。陽気な監督なら、好プレーにもミスにも同じように陽気に接すればいい。その一貫性が、選手にとって次の挑戦へ踏み出せる土台になる。
会社の管理職も同じだ。良い仕事にも失敗にも、一定のトーンで向き合う。それでも失敗した本人は強いプレッシャーを感じるだろうが、上司のトーンが変わらなければ、冷静さを取り戻して次の仕事に向かいやすい。明らかに誤った考え方や社会に反する行為には厳しく対処すべきだが、仕事の成否に対しては常に同じトーンで接する。それが組織をまとめる力になる。
まとめ:社長もまた中間管理職である
本書はプロ野球チームのまとめ方を書いた本だが、「人を動かす」という本質は会社組織でも変わらない。経営者にとっても多くのヒントが詰まっている。
工藤監督は選手時代に連覇を経験している。同じく選手として連覇を知る長嶋茂雄監督、王貞治監督も、監督として強いチームをつくり上げた。本書にもあったが、勝ち方を体で知っていることが、チームづくりの大きな財産になるのだろう。会社も同じだ。組織として勝ち方を知っていることは強みになり、それをチームに伝えていくことが欠かせない。
そして、社長もまた、お客様と従業員の間に立つ中間管理職である。工藤監督の考え方を組織運営に取り入れることが、会社を常勝軍団へと変えるヒントになるはずだ。
そして、その手腕がドラゴンズをどう変えるのか、一人のドラゴンズファンとして楽しみにしている。

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