【書評】人を動かす デール・カーネギー
はじめに
人間関係を扱う自己啓発書の古典、デール・カーネギーの『人を動かす』。原著の刊行は1936年である。それから90年が経つが、内容は今も色褪せない。それどころか、時代を経たことで重みを増して響くメッセージも多い。
色褪せない理由の一つは、本書が机上の理論ではなく、人間そのものの観察から生まれている点にあるだろう。情報があふれる現代と違い、当時は人と直接向き合う中で学ぶことが多かった。人間関係の経験から練り上げられた言葉だからこそ、読む者の心を揺さぶる。
もう一つの理由は、当時の社会と現代との共通点である。娘のドナ・デール・カーネギーは本書に寄せた解説で、当時の自己研鑽について次のように書いている。「一般的にテーブルマナーを洗練させたり、美しい美術品や文学を鑑賞する目を養うことを意味しました。しかし、どのように友人をつくるかは学びませんでした。人気者で成功者か、そうでないかのどちらかでした」。
これは、「フォロワーが多いか少ないか」「インフルエンサーかどうか」がひとつの物差しになっている今のSNS社会とよく似ている。人の価値が表面的な人気で測られるのがいつの時代にもあるからこそ、現代にも通じる。
本書は「人を動かす三原則」「人に好かれる六原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」の四部で構成されている。本稿では、書名にもなっている「人を動かす三原則」を詳しく取り上げたい。
盗人にも五分の理を認める ― 批判も非難もしない
罪を犯した人の多くは、自分は正しいことをしたと思っている。本書はその例としてアル・カポネを挙げる。言わずと知れた禁酒法時代のギャング カポネでさえ、「俺は働き盛りの大半を、世のため人のために尽くしてきた」と語り、自分を悪人だとは考えていなかった。ほかにも悪名を轟かせた人物たちは、口をそろえて「ああする以外に方法はなかった」と言う。
それほど人は、自分が正しいと信じているものである。だから他人を批判すれば、強烈な反発が返ってくる。リンカーンが「人を裁くな。人の裁きを受けるのが嫌なら」という言葉を大切にし、人を批判することを戒めたのもそのためである。
ここから得られる教訓は、感情的に相手を責めないこと、そして叱責しないことだ。例えば、部下が自分の意図と違う仕事をしたとする。そこで感情的に叱ってはいけない。まず、部下がなぜそれを「正しい」と考えたのかを確かめる。そのうえで、今なすべきこと、会社として必要なことを筋道立てて説明すべきである。
残念ながら、SNSではその逆が目につく。特に匿名のSNSでは、自分の感情を優先して相手を一方的に批判する投稿があふれている。見ている側もそれを面白がり、フォロワーが集まり、ときには収益にもなる。人を動かす原則とは正反対のふるまいがまかり通り、人間関係の本質が見失われているのである。
どんな人にも「自分は正しい」と思う理由がある。それを理解することが、人を動かす第一歩となる。
重要感を持たせる ― 率直で誠実な評価を与える
人を動かすには、相手に「自分は重要な存在だ」と感じてもらうことが欠かせない。本書はその好例としてチャールズ・シュワブを紹介している。シュワブは、鉄鋼王アンドリュー・カーネギーに見込まれ、38歳の若さでUSスチール社の社長に就任した人物である。週給50ドルでも高給とされた時代に、年俸100万ドル以上を得ていた。
シュワブ自身は、鉄鋼の知識では自分より優れた部下がいくらでもいたと認めている。そのうえで、自分の強みは人を扱う力にあると考えていた。そして「他人の長所を伸ばすには、ほめることだ。決して人を非難しない」という言葉を残している。
シュワブを抜擢したアンドリュー・カーネギーもまた、人をほめることを惜しまなかった。彼の墓碑には次のように刻まれている。「おのれよりも賢明なる人物を身辺に集むる法を心得し者ここに眠る」。
ただし、お世辞では意味がない。本書が指摘するように、お世辞は浅はかで利己的なものであり、分別のある人には通用しない。大切なのは、自分が心から良いと思ったことを伝えてほめることである。
では、相手の長所を見つけるにはどうすればよいのか。本書はその答えも示している。人は何か問題に心を奪われているとき以外、たいてい自分のことばかり考えている。そこで、しばらく自分のことを考えるのをやめて、他人の長所を考えてみる。そうすれば、見え透いたお世辞など口にする必要はなくなる、と。
シュワブやカーネギーは、これを日頃から自然に実践していたのだろう。自分のことばかり考えず、他人に目を向ける。それこそが、相手に重要感を持たせるための鍵である。
人の立場に身を置く ― 強い欲求を起こさせる
三つ目の原則について、本書はヘンリー・フォードの言葉を用いている。「成功に秘訣があるなら、他人の立場を理解し、自分の立場と同時に他人の立場からも物事を見ることができる能力である」。
この原則の要点は、次の四つにまとめられる。
・自分の都合を基準にしない
・相手が本当に欲しいものを考える
・相手の関心に結びつける
・相手の行動には理由があると考える
いずれも、ここまでの二つの原則と深く結びついている。そして本書は、この原則を「強い欲求を起こさせる」という言葉で結ぶ。人を動かすには、命令するのではなく、相手の中に「そうしたい」という気持ちを起こさせなければならない。そのためには、まず相手の立場に立つ必要があるのだ。
人の立場に身を置くことは、言葉にすれば当たり前だが、実践するのは難しい。前の章で見たとおり、人は基本的に自分のことばかり考えているからである。
これは、稲盛和夫が説いた「利他」の考え方にも通じる。稲盛は、人の心には自分さえよければいいという利己の心と、自分を犠牲にしても他人を助けようとする利他の心があると述べた。そして、利己の心、すなわち私心で判断すれば誰の協力も得られず、視野も狭くなって判断を誤ると説いている。著者の説く「人の立場に身を置く」姿勢は、まさにこの利他の心の実践といえるだろう。
まとめ
本書が伝えていることの多くは、現代でも繰り返し語られていることと重なる。時代を超えて通用するということは、それだけ真理を突いているのだろう。しかも本書では、その教えが偉人たちの具体的な逸話を通して語られるため、抽象論に終わらず、読む者の心に深く残る。
人間関係は、いつの時代も社会の根幹であり、そして難しい。悩みの多くが人間関係から生まれるといっても過言ではないだろう。本書には、その人間関係をより良いものにするための確かなヒントが詰まっている。

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